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稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

新宗教と利他主義

長期のロンドン・フィールドワークにもとづく博士論文の日本語抜粋論文に関する論点をここにアップします。詳しくは以下の論文をご参照下さい。

稲場圭信「新宗教信仰者の利他主義がもつ構造とその発達要因―イギリスの新宗教を事例に―」『宗教研究』334号 2002年12月 91-114頁

概要:近年、社会学、心理学、哲学の分野で「利他主義」研究が再び盛んになってきた。宗教が利他主義を促進するか否かは重要なテーマである。本稿は、イギリスにおける二つの新宗教を事例に宗教と利他主義の関係について多面的に論じた本人の英文博士論文の抜粋を和訳したものである。当事者の視点から宗教者の利他的精神の発達を扱った本研究は、宗教研究としても、道徳性発達心理学としても新たな研究領域を開拓する試みである

さらに
近年、社会学、心理学、哲学の分野で「利他主義」研究が再び盛んになってきた。アメリカの社会学者ウスノーは、アメリカ国勢調査の結果と独自のインタビューをもとに、ケア精神が発達する最適な環境は宗教であると結論した。もし宗教が人をより利他的にするならば、それは如何にして、どのようなプロセスでなされるのかが問題となる。しかし、そのような研究は少ない。伝統的宗教の利他主義に関して、ソローキン以降、質問紙調査やインタビューなどによる研究は存在するが、フィールドワークに基づいてグループダイナミクスを探究した研究が行われるようになったのは最近のことである。

イギリスの新宗教を対象とし、当事者の意味付けに焦点を当てた本研究は宗教研究としても、道徳性発達心理学としても新たな研究領域を開拓する試みと言えよう。もちろん、そこには教団擁護につながる危うさがあるが、教団から提供される資料を収集するだけでなく、まずは地道にフィールドワークすることからはじめる必要があろう。

筆者は、イギリスにて1996年年6月、研究プロジェクトに着手、二つの新宗教、The Jesus Army(以下JAと略す)とThe Friends of the Western Buddhist Order(以下FWBOと略す)を対象に、1997年1月から2000年春までフィールドワークを行った。両教団の信者の信仰生活に全面的に迫るために、彼らのコミュニティハウスで生活をともにしたり、食後の皿洗いをしたり、ホームレスへの給食活動にも参加した。

次第に信者とのラポールが形成され、彼らの信仰生活に対する筆者の理解が進んだ1998年10月、ロンドン地区信者210人に対して質問紙調査を実施した。インタビュー調査は1998年と1999年に両教団とも男女それぞれ15人ずつ、教団へのコミットメントの深さが多様になるようにサンプリングして合計60人に対して行った。インフォーマントの了解を得ての録音は一人一時間であるが、その前後のインフォーマルな会話もふくめて約200時間をインタビューのために費やした。

インタビューに際しては心理的な影響を最小限に抑えるためにインタビューの主題が利他主義であることは明かさずにライフヒストリー・アプローチにより彼らの信仰生活を語ってもらい、最後に利他主義に関する質問をしたが、利他主義に関する質問の前に「信仰をもってよかったこと」、「自分が変わったこと」を問うと、自発的に利他主義について語る信者もいた。このような意識変容を語る際、インフォーマントは過去を現在において再構築しており、とくに利他主義に関しては現状とは異なる理想を語る場合も考えられるので、その客観性や信憑性に疑問を呈する向きもあろう。しかし、たとえインフォーマントの語りが理想であっても、それは信仰の影響の表出と考えられるので、それを解き明かすことは意義深い。本研究は、信仰生活における主体たる個人の意味付けこそを重視しているからである。

JAとFWBOを事例とした理由であるが、人間関係が希薄な資本主義社会にあって、両者とも共同生活や人のつながりを重視し、社会的弱者への救済や慈善活動に積極的という点である。この共通点により、利他主義の発達における共通した要因が存在するか否かを検討することが出来る。また、JAは、聖霊に満たされ神の意思を世に伝える使命を感得したという指導者スタントンの体験に始まり、聖書にもとづいた倫理的で質素な生活を信者に要求するという点でウェーバーの「倫理的預言」的要素をもち、FWBOは、インドにおいて上座部仏教やチベット密教を二〇年ほど学び修行をした教祖サンガラクシタが、倫理的な服従を要求することもなく、ただ彼自身が体得したものを同じ道を歩もうと希求する人びとに模範として示すという点でウェーバーの「模範的預言」的特徴を持つ新宗教とみなせる。さらに、JAは、都市における社会悪を批判し、物質主義を否定し、神の摂理に基づく世界秩序を希求する千年王国運動であり、FWBOは、個人のスピリチュアルな成長と自己責任を重んじ、瞑想などによって現代社会における人間関係などから生じるストレスに対処する方法を教えるなどニューエイジ的特徴をもつ。こうした相違により、信者が利他的行動に付す意味内容と利他的行動の動機に違いが存在するのか否か、また、信者の利他的精神の発達要因は異なるのか否かを検討することが可能となろう。


結論
信者自身の意味付けに焦点を当てて、当事者の利他主義が持つ構造とその発達要因の理解を試みた本稿は、事例とした新宗教の信者が無宗教者や他の教団の信者よりも利他的であると論じたのではなく、また、宗教の違いによる利他主義の優劣を扱ったものでもない。しかし、新宗教の社会活動を概観する限り、仏教団体よりもキリスト教団の方が慈善活動や福祉活動に積極的であるという従来の見解は、必ずしも当てはまらず、新たな研究の必要性が感じられる。今後の研究のために二つの教団の比較考察に基づき、新宗教信仰者の利他主義について幾つかの理解を提示したい。

まず利他主義の意味内容であるが、神の意志に基づく倫理的義務として服従を要求する倫理的預言を基盤としたJAでは、利他主義は善行を通しての神の栄光への奉仕を意味し、利他的行動の対象である他者との関係は神を通して理解される。一方、模範を通じて救済への道を示す模範的預言に基づくFWBOでは、利他主義は他者への前向きな影響全般を意味すると同時に模範としての自己自身のケアも重要視される。次に利他的行動の動機であるが、世俗的な価値観や幸福を否定する現世拒否的志向性をもつ千年王国運動であるJAは現実生活における幸福を重視しないために、合理的選択動機は希薄だが、倫理的預言に基づき、神の愛に通じる他者への共感や、自己犠牲と神による祝福という救済論に利他的行動が動機付けられる。一方、FWBOの場合には困難な状況にある他者への共感において、自らも苦痛を感じる共感的苦痛動機が利他的行動の背後にある信者もいるが、この動機は信仰の深まりとともに消滅していく。また、個人のスピリチュアルな成長を重んじ、ニューエイジ的特徴をもつFWBOの場合には幸福感などの内的利益をもたらす合理的選択動機が強いが、そこには人との繋がりの世界観があり、救済論も利他的行動を動機付けていよう。利他的精神の発達では、FWBOの場合、教義や瞑想が強い影響を与えているものの、両教団ともに共同生活、友情関係、利他的特性を多分に持っているロールモデルとのコンタクトが決定的に重要と考えられる。

人間関係が希薄になった資本主義社会の巨大システムの中で、人は目に見えるつながり、実体感をともなった生活基盤を希求しており、本研究の対象教団における共同生活、友情関係、利他主義は、自分探しをしている信者に存在する自分という確かなリアリティを獲得する機会を与えているのではないだろうか。それは、ロールモデルとの交流、他の信者との相互作用により、教団内でシェアされたある種のスピリチュアリティを獲得し、自己と他者、及び世の中の関係を再構築する意識変容の取り組みと言えよう。

宗教者にとっては慈善活動が神への奉仕や修行の一環である場合も多く、宗教的世界観を共有したメンバーたちによって構成される慈善活動は、そのような宗教的世界観を共有しない人には奇異に感じられ、そのことが閉鎖的な感覚を与える可能性や、宗教的信念のために独善的な活動になる危険性もある。また、教団としてのイメージ作りや宣伝のために団体として慈善活動を行う場合もあろう。他方、社会福祉のために広範な活動を展開している宗教団体もあり、慈善活動が教団としての排他性や閉鎖性を乗り越えて教団外部の人に利他的な倫理観を伝えていく可能性もある。序論で時代の要請についても述べた。教団擁護の研究にならないような留意は必要であるが、社会科学や哲学の諸分野で利他主義の研究が盛んな今、宗教団体の利他主義研究も必要であろう。当事者性に焦点を当てた利他的精神の発達に関する宗教研究はまだ新しい研究領域であり、さらなる研究が待たれる。そこには伝統宗教と新宗教の比較という視座や社会に遍在するスピリチュアリティのネットワークと利他主義の関係などの観点も必要であろう。

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