稲場圭信,2013, 大災害にむけた平常時のそなえ」『中外日報』(論・談)
2013年6月4日付6,7面.
http://www.chugainippoh.co.jp/ronbun/2013/0604-001.html
http://www.chugainippoh.co.jp/ronbun/2013/0604-002.html
力を発揮した宗教施設/「未来共生災害救援マップ」/自治体との協力ふえる傾向
力を発揮した宗教施設
東日本大震災という未曽有の大災害時に、寺社・教会・宗教施設は、緊急避難所・救援活動拠点として場の力を発揮した(『震災復興と宗教』明石書店)。さらには、精神面で心の支えとなる力も示した。一方で、公設の仮遺体安置所や火葬場に宗教者が入れなかったケースもあった。自治体には、政教分離を名目にした事なかれ主義も働いている。
岩手県のある神社の宮司は、過去の震災史からも、大地震が発生すれば神社が緊急避難所となることが分かっていたので、災害協定を締結しようと自治体に働きかけた。しかし、自治体は政教分離を理由に断った。
一方で、東日本大震災以前から、自治体と災害協定を結んでいた宗教施設もある。また、今回の震災では、緊急で避難所指定された宗教施設もある。市の職員と宗教者が防災、社会福祉、まちづくりの取り組みで平常時から交流があるところは、災害時にも連携がとれた。
筆者は黒崎浩行氏(國學院大准教授)らと、東日本大震災の被災地の宗教施設の状況を「宗教者災害救援マップ」に集約し、巨大地震発生から1週間後にインターネットで公開した。当初は、交通網の遮断とガソリン不足の中、物資支援の中継地点となりうる宗教施設を地図上にプロットして、支援の連携に役立てようとした。
その後、被害状況、避難所・活動拠点情報、被災者受け入れ情報など、宗教者の方々の協力も得て、データは拡充した。「宗教者災害救援マップ」は情報源として一定の成果をあげたが、支援の連携の促進といった面ではうまく機能しなかった。しかし、これは「宗教者災害救援マップ」だけの問題ではない。
東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)のマップも同様に支援の連携ツールとしては機能しているとは言えない。平常時からこのようなマップをもとにした防災の取り組み、地域づくりが必要であった(黒崎浩行・稲場圭信「宗教者災害救援マップの構築過程と今後の課題」『宗教と社会貢献』第3巻第1号、2013年4月、65~74ページ)。
8万件の避難所データ集積
東日本で続く余震に加えて、南海トラフ巨大地震はいつ何時発生しても不思議ではない状況下で、平常時からのそなえと連携の必要性を感じ、筆者は全国レベルでの災害救援マップを構想した。
そして2012年10月、大阪大学・未来共生イノベーター博士課程プログラム(文部科学省採択)の一環として予算がつき、筆者が責任者として指揮をとり、半年かけて「未来共生災害救援マップ(略称:災救マップ)」を構築し、2013年4月にインターネット上に無償で提供した。
各地域での防災の取り組みとして防災マップは存在するが、全国の指定避難所および寺社・教会・宗教施設を集約したマップは存在しない。今回、構築した災救マップは、全国約8万件の避難所および約20万件の宗教施設のデータを集積した日本最大のマップだ。
すでに各施設の所在地、連絡先等のデータは入力済みである。連絡先等は、ユーザ登録をしないと表示されない仕組みになっている。一部、自治体の協力を得て、食糧や備品の備蓄状況も登録している。また、後述する自治体と宗教施設の災害協定などの情報も登録している。
災救マップはシステムを構築して終わり、でなく、防災の取り組みを通して、自治体、自治会、学校、寺社・教会・宗教施設、NPOなどによる平常時からのつながり、コミュニティづくりに寄与し、災害時には救援活動の情報プラットフォームとなることを目指している。
将来的には、施設ごとのイベント情報、子育て支援などの情報も登録・発信できるようにする予定である。災救マップのシステムは、使い勝手がよくなるように、日々、更新している。
宗教施設ごとにデータを管理・更新する権限を設定することも可能である。食糧の消費期限や備品の管理などもシステム上で容易におこなえる。もちろん、システムは無償提供となっている。
ご自身が関係する寺社・教会・宗教施設のデータ管理をしてくださる方は是非、稲場(k-inaba@hus.osaka-u.ac.jp @は半角に置き換えて下さい。)にご一報ください。
1週間分の共同備蓄
5月28日、「南海トラフ巨大地震」対策の有識者会議は、南海トラフ巨大地震では最悪の場合、全国で950万人の避難者がでると試算、現在の避難所では避難者全員を受け入れられないとし、自力での備蓄の必要性を訴えた。
今回の東日本大震災の被災地では、行政の支援が入るまでに4日以上かかったところが多数存在した。1週間以上も支援物資が届かなかった地域もある。それを踏まえて、有識者会議は、各自1週間分の備蓄を提唱している。個人宅でも、ひとつの指定避難所でも、1人当たり1週間分の備蓄は大変困難である。そこで地域での共同備蓄が必要となる。
災害時の救助米や食糧備蓄は、今にはじまったことではない。江戸時代には、幕府や領主による御救米、民間による合力米(施行米)があった。被災者の救助のために幕府が建てた御救小屋もあった。そして、災害に備えた食糧の備蓄は、大化の改新で導入された義倉にまでさかのぼる。その時代ごとに、様々な連携をもとに日本社会は、災害へのそなえをしてきたのである。
個人ではなく、地域で防災を考え、備蓄をすることは、地域コミュニティのつながりを作り出すことにもなる。同じ地域の避難所および宗教施設で、水・食料の備蓄品の消費期限を数カ月ごとにずらして設定し、消費期限が近づいたらフードバンクなどへ寄付する、あるいは、地域で防災を考えるイベントを開催し、皆で食べる。そして、また新しい備蓄品を購入するといったサイクルだ。
その連携のプラットフォームにも前述の災救マップは使用できる。大災害が起きれば、連携して水や食料の融通をし、また外部からの救援者は災救マップのデータをもとに、食糧と避難者の数や救援活動の拠点情報を把握し、連携しながら救援活動を行うといった使い方ができる。その際、全国にある寺社・教会・宗教施設は、自治体にとってパートナーとして頼もしい存在である。
自治体との協力ふえる傾向
今回の東日本大震災では、100カ所以上の宗教施設が避難場所となった。震災後に、自治体に認められ公設避難所となったところもあれば、私設避難所として自主運営した宗教施設もある。そのことが、世の中に少しずつ認知されるようになった。
『第11回学生宗教意識調査報告2013』によると、大学生は、災害時に宗教や宗教家の役割があると期待している(必ずある20・6%、いくらかある46・6%、あまりない15・4%、とくにない16・5%)。そして、災害時に、宗教家や宗教施設が果たせる役割として、避難場所となるスペースの提供(58・3%)、心のケア(50・9%)が、供養や慰霊(40・0%)よりも上位にあがっている。
一方で東日本大震災後、宗教施設と災害協定を締結する自治体が増えている。筆者は、全国の自治体と宗教施設の災害協定の実態に関して情報を収集するために、2013年2月に全国調査を実施した(1921の市町村のうち、811が回答、回収率42・2%)。
表1にあるように、43の自治体が223の宗教施設と災害協定を締結していた。また、協定は結んではいないが、指定避難所となっている宗教施設や、「お願い」という形で災害時には宗教施設に協力してもらうようにしている自治体が60(438の宗教施設)あった。回答を得られなかった自治体を入れると、その数は倍増するのではないか。
また、検討段階にあるため宗教施設の名前を公表できない自治体や、詳細は決まっていないが協定の締結を検討しようとしている自治体が28あった。そして、自治体と宗教施設の災害協定のうち、132施設、約6割(59・1%)が、東日本大震災後の締結であった。今後、自治体と宗教施設の災害協定・協力は益々増えていくであろう。
宗教施設との災害協定を締結していない理由の中には、「現在指定している避難所で災害時に十分対応できる」や「避難所に関する協定よりも優先して取り組む事項がある」、「主な宗教施設は地元住民と密接な関係となっていて災害時には自主的に避難所開設して頂けるため、協定締結までいたっていない」といった回答がある一方、政教分離を理由にした回答は、2件にとどまった。また、協力関係はあるが、宗教施設の建物が古く、耐震の基準を満たしていないため、災害協定を締結できないケースもあった。
協定の内容は、避難場所としての施設の提供、応援機関等の活動拠点としての施設の提供、津波発生時において緊急避難場所として使用、災害時に公設の避難所が開設するまでの一時的な収容施設として活用、災害時に帰宅困難者の一時滞在施設として使用、遺体安置所として使用、備蓄品の相互援助を目的とした大規模災害相互物資援助協定など、その地域と施設の事情にあわせて、多様な内容となっている。
表1 自治体と宗教施設の災害協定・協力
項目 自治体 宗教施設
・宗教施設と災害協定の締結 43 223
・災害協定は締結していないが、
協力関係あり 60 438
合計 103 661
自治体が、費用を支出する場合もある。兵庫県多可町は町内にある35カ寺の本堂を災害時に使用し、かかった費用は町が負担するという協定を地元仏教会と締結している。
東京都台東区は浅草寺を災害発生時の帰宅困難者の受け入れ先とし、区の負担で発電機などを設置した。冒頭にある、政教分離を理由に災害協定を断られたケースとは対照的である。
災害救援活動を行うSeRV(サーブ)を組織する真如苑は、自治体と一時避難場所の協定を締結したり、支援協力の覚書を交わしている。全国の宗教施設に、毛布4千枚、簡易トイレ500箱、アルミ温熱シートを1万5千枚、2リットル飲料水7万2千本、アルファー米8万食を備蓄していて、今後も備蓄の充実と自治体との協力を進めるという。
本来目的を守って…
行政の防災計画は大きく変化している。従来の指定避難所だけでは、地域住民を収容できないことが判明したからだ。帰宅困難者の問題もある。今後、特に都市部では、一時避難所として自治体が宗教施設に協力を打診するケースが増えるであろう。実際に、東日本大震災後に自治体が宗教施設と災害協定を締結するケースが多数ある。
一方で、宗教施設は、宗教施設としての本来の目的がある。指定避難所となっている小学校には、普段は学校としての目的があるのと同様だ。宗教施設には、聖なるもの、また文化財もある。当然ながら、その点も踏まえた上で、宗教の違いや有無を超えて、苦難にある人の手助けに宗教者が動きだしている。
それぞれに宗教施設は備蓄している。しかし、すでに述べたように一施設だけの備蓄・防災ではなく、地域としての取り組み、連携につなげていくことが肝要である。そのためにも、宗教者が、日ごろから行政や地域の自治会とも交流を持ち、地域コミュニティづくりを行う必要がある。
しかし、これは何も新しい取り組みではない。そもそも宗教は、すでにそのような関係性を地域社会の中、社会の中でもっていた。人の移動性の高い社会、人間関係が希薄化する社会で、宗教が防災・災害救援でいかに自治体や地域社会と連携がとれるのか。これは何も宗教だけの問題ではない。社会全体が取り組むべき問題である。