FC2ブログ

稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

監視社会ロンドンの苦悩

「英の監視社会、反省ムード 人権重視の新政権が見直しへ」(2010年8月3日 朝日)という記事がありました。

「行き過ぎたテロ対策が、市民の自由を侵していた」。それは、400万台を超す監視カメラと移民・マイノリティに対する身体検査などの施策です。治安、人権、自由のバランスが問われる難しい問題ですが、1997年以来13年間続いた労働党政権が今年の5月に終焉し、政権交代により人権重視の方向にかじ取りされそうです。

(私は1996年から2001年まで5年間イギリスに住みました。その後も何度も訪問しています)。イギリス、ロンドンは、様々な矛盾・コンフリクトを抱えた社会です。以下にそのことを書きました。

・稲場圭信「現代都市における共存・信頼・憎悪―多民族都市ロンドンの苦悩」木岡伸夫編著『都市の風土学』2009年2月、ミネルヴァ書房、pp.244-260.



以下は、その一部抜粋です。


ロンドンという多民族都市
 イギリス全体では白人が九割以上を占めるが、ロンドンは多国籍・多民族で構成されている。ロンドンの人口のうち七一%が白人である(APS, 2005)が、その中にはポーランド人、スペイン人、ロシア人なども含まれる。一方、インド、パキスタン、バングラデシュなどのアジア系が一割強、黒人も一割ほど存在する(二〇〇一年国勢調査)。

 イギリスの人種的少数派(エスニック・マイノリティ)の四五%がロンドンに住んでいるのである(Economic & Social Research Council, 2007)。ロンドン定住者の二二%がEU(欧州連合)の外で生まれた移民で、ロンドンでは三〇〇もの言語が話されている(Baker and Everslery, 2000)。
 移民に加えて、年間二四〇〇万人が観光でイギリスを訪れる。そのための観光産業に二〇〇万人(イギリスの労働人口の八%弱)がたずさわっているが、そこにも移民がかかわっている。まさにロンドンは多民族都市なのである。

多文化主義
 イギリス統計局の二〇〇四年の国勢調査では、イングランド人口約四九〇〇万人のうち、七一.七%がキリスト教徒である。しかし、実際に毎週、国教会に通う信者は八〇万人、他のキリスト教宗派を合わせた合計は三二〇万人、イングランド総人口の八%である。また、一九九七年生まれの新生児の国教会における受洗率は二三%であり、二〇〇五年では一五%で、一九三〇年代前半の七〇%、一九六五年の五一%と比べると国教会離れの傾向が顕著である。教会参加という点では、全体として世俗化が進んでいる。
 一方、BBCによる二〇〇〇年の宗教調査では、国教会の信者と主張する人が三五%、神を信じる人が六二%、魂の存在を信じる人は六九%、天国の存在を信じる人は五二%。組織化された宗教が廃れる一方で、人知を超えたものに対する畏敬の念がまったく失われたわけではない(稲場, 二〇〇一)。
 様々な国からの移民があり、人種の混在するイギリスでは宗教も混在している。先に挙げたイギリス統計局の二〇〇四年の国勢調査では、ムスリムが一五〇万人(人口比三.一%)、ヒンズー教徒が五五万人、シーク教徒が三三万人、ユダヤ教徒が二六万人、仏教徒が一四万人である。

ソーシャル・キャピタル
 今、イングランドの六八%の人が、近所どうしで協力して地域社会を良くするべきだと考えている。二九%の人が、ボランティア組織で、月に一度はボランティアをしている(月約一二時間)。インフォーマルなボランティアを含めると、二人に一人が月に一度はボランティアをしている(Kitchen el al. ,2006)。
 市民団体のボランティア・慈善活動を支援する制度がチャリティ法である。イングランドに存在する約五〇万のボランティア団体のうち、約一九万団体がチャリティとして登録されており、チャリティ・コミッションおよびガーディアン紙の公表によると二〇〇一年のボランティア団体の総収入は日本円にして約三兆一二〇〇億円で、国民の約半数にあたる二二〇〇万人が少なくとも一年に一度はボランティア活動に参加している。

 イギリスでは、排除された人、孤立した人を取り込むような支えあう社会、包含的社会(インクルーシブな社会inclusive society)をつくりだそうとニューレーバー政権がソーシャル・キャピタルの考え方を積極的に導入した。市民の自発性にもとづくパートナーシップがより進められた。そして、ソーシャル・キャピタルとして宗教にも関心が向けられている(Furbey et al, 2006)。信仰に基づいた(faith-based community organisations)地域組織、チャリティはもっとも有益なソーシャル・キャピタルの源泉である(Begun et al, 2003: Furbey et.al,2006)。他人を信用しにくいリスク社会で、人々は、ソーシャル・キャピタルの乏しい関係性を生きている。しかし、信頼にもとづく人間関係なしでは人間は生きにくい。信頼にもとづく人間関係を人々は求めているが、世の中ではなかなか得られない。一方、宗教集団はその中に信頼の構造をもち、それ自体が社会に貢献しているとも考えられる。イギリスでは、信仰を基盤にしたチャリティが貧困の撲滅や社会福祉の現場で幅広く活躍しているのである

 テロも多民族国家、多民族都市の内なる問題である。二〇〇五年七月七日、ロンドンの地下鉄で三ヵ所が爆破され、続いて市内を走るバスも爆破された。四名の実行犯は移民二世たちであった。二〇〇六年八月九日、ロンドンからアメリカへ向かう航空機の爆破計画が発覚し、パキスタン人たちが多数逮捕された。彼らはイギリス国籍をもち、イギリス社会の中で生活していた。そして、二〇〇七年六月二九日の未明、ロンドン中心部のナイトクラブ前に駐車していたベンツから煙が上がっているのが発見され、警察と爆発物処理班が急行。車内から携帯電話を起動装置とした爆発物が発見された(3)。警察は実行犯と複数のテロ関与容疑者を迅速に拘束した。テロ勃発時、私はオックスフォード大学の客員研究員としてイギリスに滞在しており、イギリス政府と警察の見事な対応に驚かされた。実行犯には中東出身の医師や研修医が複数名含まれていた。
 イギリスはニューレーバー政権の政策で、医師やIT関連の技術者の入国を積極的に認めていた。医療従事者不足の解決策として、海外からの医師と医療従事者を特殊ビザにより入国させていたのである。外科医として病院に勤務する子煩悩でよきムスリムの手本みたいな人がテロにかかわっていた。イギリス社会の心理的ショックは大きい。


岐路に立つ多文化主義と市民社会
監視社会
 二〇〇一年九月一一日、アメリカで同時多発テロが勃発する前は、移民、民族的少数派が増加するにつれ、それぞれの民族のもつ文化や宗教を尊重し、共存を目指す政策、多文化主義をイギリス政府は進めていた。多文化主義政策は良いものだという前提があったのである。
 しかし、九.一一以後、多文化主義は試練の時代を迎える。イギリス政府は、たとえ民族的な発言であっても、テロ行為を唱導する結果につながる危険性がある言説に対しては規制を強化した。
 政策の上では、確かにイギリスは文化尊重政策。シーク教徒はターバンを頭に巻いているのでバイクのヘルメットに頭が入らない、ならば、ターバンを巻いたシーク教徒はヘルメットなしでバイクを運転することを認めよう、という政策をとる。しかし、ロンドンは人種のるつぼ(メルティング・ポット)ではない。メルト(融合、溶け合う)ではなく、モザイク、あるいはサラダ・ボール状態である。パキスタン人の住む地域、インド人が住む地域、韓国人が住む地域、ユダヤ人の住む地域など、民族、人種でわかれている。ロンドンは、多民族が共存する都市というよりは、都市の空間を分有する多民族が住まう現代都市なのである。
 二〇〇六年の秋には、ムスリムの顔全体を覆うようなスカーフを問題視する発言が閣僚からあがり、多文化主義に対する問題提起がメディア上でもなされた。論点は、複数の文化が共存し、新たな文化が生まれるような形はよいが、それぞれの文化が勝手に存在するようなことは望ましくない、というものだ。
 とりわけ二〇〇五年七月のロンドン地下鉄・バステロ以降、アラブ人を見る目は厳しかった。地下鉄で同じ車両に荷物を抱えたアラブ人がいると、そわそわしたり、次の駅で車両をかえたりする人もいた。ロンドンに住むイギリス人研究者の話では、それが半年位は続いたという。また、ロンドンの名物観覧車のロンドン・アイに乗る行列にいた家族がアラビア語で会話していために、観覧車の金属探知機の検査を担当していた警備員が、彼らだけに執拗に身体検査をした。ナイフはないか、爆発物の入ったペットボトルはないか、荷物を細かくチェックした。休暇を台無しにされたと気分を害したアラブ人にロンドン・アイ側は後日、謝罪をした(Evening Standard紙、二〇〇六年八月二二日付け)。テロへの恐怖がムスリムへの警戒を生み、疑心暗鬼の社会となっているのだ。
 イギリス国内には四二〇万台の監視カメラが設置されている。そして、二〇〇七年から、運輸省とカーナビ会社は車載されたGPSカーナビゲーションの情報を収集し、関連団体に提供している。市内に入る車は市内渋滞税のために設置されたカメラにより動向が監視されている。ロンドン市内では、常にどこかで監視されていると思って間違いない。DNAデータベースへの強制登録や入国者の警備も強化されている。
 急激な監視社会への移行に危険を感じている一般人や市民団体も多いが、テロや犯罪の危険を前に、監視社会政策は容認されている。


 共存への道――シティズンシップ――
 サッチャー政権(一九七九-一九九〇)時代に国内では、イングランド中心主義、保守党はスコットランドなどで議席を減らした。一九九七年、ブレア政権は、スコットランドとウェールズの自治問題を取り上げ、住民投票によりスコットランド議会とウェールズ議会を誕生させ、自治権を拡大した。ウェールズではウェールズ語が大切にされ、道路の標識は英語とウェールズ語の二重表記である。土地、社会とのつながり、風土に重きをおく。
 一九九七年以来、労働党政権は、福祉国家でもない、小さな政府でもない、第三の道を模索している。保守党政権の政策の影響により到来した排除的社会(exclusive society)。排除された人、孤立した人を取り込むような支えあう社会、インクルーシブな社会をつくりだそうとニューレーバー政権は、ソーシャル・キャピタルの考え方を積極的に導入した。そして、誰もが社会づくりに参画する、社会に責任をおっている、ステークホルダーという考えのもと、市民の自発性に基づくパートナーシップがより進められ、社会サービスの提供者として企業や市民の参加を促進した。しかし、テロ問題、移民問題があり、インクルーシブな社会の実現が困難である。
 ロンドンのような多民族都市は、グローバリゼーションにより国民国家の枠で解決できない様々な問題を抱え込んだ現代社会の象徴である。その多民族都市に住まう人々、そのシティズンシップは国民国家というフレームワークとの間に軋轢を生じる。いまや、「サブナショナル、ナショナル、トランスナショナルにわたる多元的なシティズンシップの存在を認める感覚」が必要であるとサセックス大学社会学教授、ジェラード・デランティ(二〇〇四、一二頁)はいう。シティズンシップは、個人の自立性の承認であり、自己と他者とのあいだの折り合いを前提とし、それゆえに排他的姿勢は取りえないのである。
 テロをはじめ、現代社会は予想できないような事件が起こる複雑なリスク社会である。そして、グルーバル化する世界都市ロンドンで、「どうしてシェアする(分かち合う)のか、共存するのか」、その理由を社会が必要としている。イギリスではキリスト教的な世界観、自己犠牲の生き方だけでは、シェアする・支え合う意味を提供できない。そこにポジティブな思いやりのあり方、利他的な生き方が必要だと、オックスフォード大学の政治哲学者、犯罪社会学者、ロンドン大学の心理学者たちがいう。
(稲場圭信「現代都市における共存・信頼・憎悪―多民族都市ロンドンの苦悩」木岡伸夫編著『都市の風土学』2009年2月、ミネルヴァ書房、pp.244-260.)

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://altruism.blog56.fc2.com/tb.php/196-83042311
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)