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稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

宗教の社会貢献

2月21日に(財)国際宗教研究所主催の公開シンポジウム「宗教の社会貢献はどうあるべきか-21世紀の課題」が大正大学で開催されました。私もコメンテイターとして参加しました。

次のサイトでも取り上げらています。中外日報, 河北新報

2月27、28日は、南山大学にて国際シンポジウム「救援・復興・宗教」が開催され、私もパネリストとして参加しました。チェチェン、レバノンの発表は、まさに人間の命が危機にされされている歴史、現実を背負ったもので、宗教者の社会的貢献の意義、そして社会的力が浮き彫りにされました。
企業のメセナやCSR(企業の社会的貢献)に基づく社会活動は、経済不況になると影をひそめます。人を大切にする、コンプライヤンス重視と喧伝しながら、すぐに人をモノとみなす姿を露呈します。
宗教団体の社会貢献活動が、世俗の団体を追随するのではなく、宗教理念をもとにして、新たな地平を開けるか否かが課題です。
厳しい時代であるからこそ、そして、人間性が失われている時代だからこそ宗教が本来的にもっている力を社会に生かそうという動きがあると考えます。
そういった意味で、宗教の復興ということが、再度、世界的に起きています。金融システムの崩壊で、アメリカの貪欲な人たちが宗教をもとに自己を省る動きが起きています。

また、組織としてのあり方が問われる時代、宗教団体だけが超然としていることは許されないという認識も教団側にもあるでしょう。
これは、今回の全世界的に経済不況以前に、90年代から強まっているとみています。阪神淡路大震災、オウム事件の95年はやはり時代の影響力として強いものでした。
世俗とは異なる価値観や世界観をもっていようとも、やはり宗教団体も社会の一員。社会の一員として、世俗の社会に何ができるか、宗教団体もそこに応答しようとしています。

近年、NGOなどの社会活動は国際社会でその活動が認知され、公的補助金を得られるようになりましたが、それと同時に政策提言能力が問われています。宗教の社会貢献活動にも活動全体にわたる説明責任と社会改善への提言能力が要求される時代になります。
しかし、それは、一方で、宗教の社会貢献活動の境界の問題、すなわち、政治活動は社会貢献活動とみなすのか、宗教そのものが持つ公益性を社会貢献とみなすのか、宗教活動を社会貢献活動に含めてよいのか、などといった問題とも関わってきます。また、評価も問題もあります。公益法人法の問題もからみ、重要なテーマです。この点で、日本はかなり特殊な状況にあります。宗教や制度は文化に規定されるので、単純に国際比較はできませんが、やはり国際的な視野で宗教の社会活動の位置、あり方、そしてそれに関連する制度も研究する必要があります。

一方、教団側にとっては、信仰と社会貢献活動のつながりをどのように宗教思想と関連付けて教団内部の人、信者に説くかということが課題です。それは、教団にとっても、宗教理念にもとづいた人間観、世界観、社会観を問い直します。
資本主義、新自由主義で、ガタガタになった全世界が、少しずつ、成熟する契機となればと願っています。

研究者の社会貢献も問われています。
宗教の社会貢献活動研究プロジェクトはホットな存在になってきました。
次回の第11回研究会の情報をサイトにアップしました。
http://keishin.way-nifty.com/scar/

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