FC2ブログ

稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

利他的行動[ソウルの地下鉄事件]を考える

11月10日、ソウルの地下鉄の駅で1歳の赤ちゃんを乗せた乳母車が列車のドアに挟まれ、 数十メートルも引きずられる事件が発生しました。ニュースで映像をみた人も多いと思います。
防犯カメラがその様子を克明に捉えており、それも驚きでした。映像を見る限り、危険な駆け込み乗車ではないと思います。地下鉄運営側の責任として、安全管理、確認の問題等が問われるでしょう。幸い、赤ちゃんも無事で、重傷者もありませんでした。

私がここで取り上げたいのは、母親と近くにいた60代の女性です。その女性は、赤ちゃんと母親を助けようとして少し電車に引きずられました。彼女はなぜ、そのような行動をとったのでしょうか。

そのような行動を取る人がいなくておきた事件、1964年のキティ・ジェノビーズ事件(「冷淡な傍観者」)では、その要因が分析されました。そして、傍観者効果(Bystander Effect)が指摘されました。そこには、責任の分散(誰かが助けるだろう)、非難の分散(自分だけが非難されることはない)があります。また、ナッシュ推測・均衡という考え方があります。ボランティア論で指摘さえるナッシュ推測・均衡は、個人が周囲の人の行動に注目しながら自らの行動を変えるというものです。

一方で、囚人のジレンマにおいて、長期的関係が相互に認識される二者では、互恵的な利他主義が安定的な行動パターンとなります(パレート最適を満たさない)。さらに、集団間においても、相互依存の認識が存在する場合に互恵的利他主義が生じる可能性があります(シェリフ)。社会的交換理論やゲームによる相互依存関係の定式化というような領域の研究で指摘されています。

つまり、利他的行動は経済合理的であるという説明モデルです。これにより、モラルだ、道徳だ、宗教心だといったものを持ち出さなくとも利他的行動は説明できるという論者もいます。しかし、このモデルで問題にされるているのは、ある特定の社会システムにおける人格モデルにすぎず、多様な人間関係・社会に生きる実際の人間はそのような単純なメカニズムによって動いているのではありません。つまり、上記のモデルは、実際の人間の利他的行動をおこさせる要因を説明しているのではなく、人間の利他的志向が社会システムに及ぼす影響を説明しようとしたものといえましょう。

ソウルの地下鉄事件に戻りますが、あなたは、母親の行動、近くの女性の行動をどう説明しますか。また、世の中にある利他的行動をどのように説明しますか。ゲーム理論、互恵的利他主義、血縁的利他主義、共感、規範意識、救済論、etc.