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稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

イギリスの子育て・幼児教育事情(下)

・稲場圭信「イギリスの子育て・幼児教育事情(下)」『一冊の本』朝日新聞社、2007年11月号、pp.9-11、2007年11月
の一部抜粋です。

 イギリスでは、赤ちゃんが次女の月齢位になると、ナーサリーにあずけて働く女性も多い。そのナーサリーでも格差がある。バレー、ダンス、フランス語などのカリキュラムを取り入れているところもある一方で、約4%のナーサリーが赤ちゃんを泣きっぱなしにし、狭い所に放置して十分に動き回らせないと、その不適切な扱いと環境が指摘されている(Ofsted「Getting on Well」報告)。
 イギリスは階層社会である。話し方、生活習慣、教育にそれがあらわれている。成人学習団体(Learndirect)の調査では、5歳から10歳の子を持つ親の二割が英語の宿題を手伝うのに困難を感じているという。初等教育を終える一一歳の四割弱の生徒が読み書き計算が正しくできない(8月政府報告)。階層社会で下層にいる人たちの中には、読み書きに不自由を感じる人もいるのだ。
 階層社会で、わが子になるべく良い環境をと、4歳になるとプレスクールに通わせる親もいる。幼児のICT (情報通信技術)教育も盛んである。幼児教育で有名なSCHOLASTIC社の教育雑誌には、コンピュータ、インターネット、教育ソフトなど、ICT商品の広告が溢れている。しかし、その技術を利用できる家庭とそうでない家庭の格差。それがイギリス社会の実情なのだ。

 9月は学校に子どもが戻る(Back to School)新学期、入学の時期だ。8月の下旬から街中にその雰囲気が醸し出される。書店、文房具店、子ども服店では、Back to Schoolセールをしている。日本のように桜はないが気持ちが踊る時期なのだろうと思ったが、そうでもない場合がある。特に小学校への入学がそうだ。イギリスでは五歳で小学校に入学するが、その半年も前から子どもと親はストレスを感じている。子どもたちのストレスは、義務教育を通して続く。1988年の教育改革法によって国家による統一カリキュラムが設定された。そして、カリキュラムにそった学力到達度をはかるために、7歳、11歳、14歳で生徒は全国統一テストを受ける。義務教育の最終学年である16歳では、GCSEという卒業資格試験を受け、その結果は生徒の就職や進学だけでなく、学校にもリーグ・テーブル(学校成績順位表)という形で響いてくる。親と子どもには、学校を選択する権利があり、リーグ・テーブルでのランキングは学校の存続にもかかわってくる。
 学校、教員へのプレッシャーも日本同様に強い。また、過去5年間に中等学校の約6割が、体罰など、生徒や親による虚偽の被害申し立てにより争訟に巻き込まれている。仕事が大変でストレスが多い割には給与が少ないと、教員へのなり手が少なくなっている。

 子どもをめぐる問題としては、ギャングがあげられる。国連薬物犯罪オフィスの調査によると、イギリスのコカイン乱用者は91万人、ヘロイン乱用者は35万人と欧州で最多である。若者による薬物乱用は暴力とも結びつき社会問題のひとつだ。学校の作文でも暴力的なことを書く子が増えていると問題視されている(Edexcel board 報告書)。10歳以下の子が犯罪の主犯となっているケースは2006年2840件。そして、11歳から15歳の子どもの5人に1人が飲酒している。飲酒量はビールにして週約3リットルというから驚きである(Schools Health Education Unit報告)。子どもをめぐる問題が、ギャング、暴力、薬物、飲酒なのである。

 日本と同じように、「いじめ(bullying)」も問題となっている。各種調査が指摘するところによると、学校でいじめにあった生徒は約6割。オックスフォード大学でお世話になった社会人類学者は、「長男がいじめにあった。子ども同士で解決できることと、そうでないことがある。私は、いじめている子に直接あって、やめるように言った。それで解決した」と語ってくれた。ロンドン大学教育学院の2007年「教育学推薦書籍」では、教育方法、成人学習、学習態度、学級崩壊などにならんで、「いじめ」の項目がある。いじめは教育現場における問題のひとつなのだ。

 2001年から3億ポンド(約700億円)をかけた政府の幼児教育は失敗だった。ことば、数える能力向上プログラムは効果なし。子ども・学校・家族省の発表によると、初等教育においては、この2,3年、学力が低下か、ほとんど向上していない。14歳時の学力では年々向上しているものの、三人に一人が英語、数学、科学において基準学力に達していない。一方、前述のGCSEと大学入学許可の審査に必要なAレベル試験では学力の伸びがみられる。
しかし、学校はテスト対策のために時間を費やし過ぎていると、資格カリキュラム機関の主任ボストン博士は批判している。他方、時間をかけて、考える力と教養を育て、人格を陶冶する私立の教育はあきらかに優れているので、金銭的に可能であれば入れたいという親が多い。そして、Aレベルの試験でグレードAをとる割合も私立校の生徒が圧倒的だ。友人ダレンの結婚式以来8年ぶりに再会したジュディはロンドン郊外にある私立中等学校の先生で、2歳半の長女と9ヶ月の長男の母でもある。彼女が働く私立校は、いじめなどの問題も少なく、できれば自分の子どもも通わせたいという。しかし私立校に通うのはわずか7%。学費は年間約1万ポンド(230万円)。パブリック・スクールの名門イートン校は全寮制であるが、学費は年間2万6千ポンド(約600万円)だ。

 この夏、政府は、11歳から14歳の学習カリキュラムを25%減らして、基礎的なものにより時間を費やすようにする方針を打ち出した。2008年9月から実施される。歴史教育からヘンリー八世やヒトラーが消える一方、経済とお金の使い方、生きる上でのスキル教育が入ってくる。この国は、どこへ行こうとしているのだろうか。帰国を数日後にひかえ、滞在先の家のバルコニーから庭を駆け回るリスたちを見ながら思った。教育とはその国の文化、歴史、風土でもある。教育改革とは、その積み重ねへのチャレンジなのだ。

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