稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

わらべ地蔵 和みの笑み

「わらべ地蔵 和みの笑み:ボランティア募り被災地に贈る活動2年目」(『朝日新聞』2012年5月14日夕刊:森本俊司編集委員)
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親切会の機関誌『親切だより』に連載の「希望の扉」

親切会の機関誌『親切だより』に連載の「希望の扉」です。
http://www2.himdx.net/sinsetu-kai/index.asp

「希望の扉 第18回:形に心を込める」『親切だより』2012年5月号
「希望の扉 第17回:寄付による社会づくり」『親切だより』2012年3月号
「希望の扉 第16回:先を明るく見る、飛躍の年」『親切だより』2012年1月号
「希望の扉 第15回:ロンドンは今」『親切だより』2011年11月号
「希望の扉 第14回:利他的遺伝子の目覚め?」『親切だより』2011年9月号
「希望の扉 第13回:価値観の変革の時代」『親切だより』2011年7月号

□「希望の扉」第17回「寄付による社会づくり」大阪大学大学院准教授  稲場圭信

 春です。桜を待ち遠しく思いながら、確定申告のための書類整理をされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。今年は、特に東日本大震災寄付金の控除のために書類を作成しようと取り組まれている方もいると思います。
個人が寄附した場合は、所得控除(寄附金額から二千円を引いた額)か、税額控除(寄附金額から二千円を引いた額の四割)かが選択できます。法人が寄附した場合には全額損金算入できます(詳しくは国税庁のホームページでご確認下さい)。
 さて、今回の東日本大震災では、どれほどの義損金が集まったのでしょうか。日本赤十字社と中央共同募金会、日本放送協会、NHK厚生文化事業団の四団体には、国内外から一月二〇日現在で三四五八億円が寄せられました。阪神淡路大震災の時の三倍以上の額です。
 『寄付白書二〇一〇』(日本ファンドレイジング協会編、日本経団連出版)によると、二〇〇九年度の日本全体の年間寄付額は約一兆円(うち、個人寄付が五五〇〇億円)です。十五歳以上人口の三十四%(三七六六万人)が寄付をしています。
寄付を行なった人の動機をみると、「毎年のことだから」(三三・一%)が最も多く、次いで「他人や社会のためであり、問題の解決に役に立ちたいから」(三〇・九% ) 、「自分に合った寄付の方法だったから」(二八・〇%) 、「ボランテイア活動ができないため、金銭でボランティア活動をしたいと思ったから」(二六・七%)) 、「おつき合いとして」(二三・六%) となっています。
 おもな寄付の受け手は、都道府県・市町村、学校法人、共同募金、日本赤十字社、NGO、NPOです。学校法人への寄付は記念事業として施設整備などの目的で募っています。大学教員への寄付もあります。研究費を自分で調達する時代です。文部科学省・日本学術振興会による科学研究費補助金(科研費)や、さまざまな財団・企業からの助成金や個人から寄付金によって研究をしています。私の研究に対しても、科研費以外に、日本経済研究奨励財団、マツダ財団、三井住友海上福祉財団等から助成して頂きました。大学教員の研究への助成・寄付も税制上の優遇措置の対象になります。
 直接的な寄付金支援ではなく、さまざまな機会を活かした間接的な寄付もあります。たとえば、宝くじ、競馬、ボートレースなどです。中央競馬では、日本中央競馬会が売上の一〇%を第一国庫納付金、剰余金の五〇%を第二国庫納付金として国に納めています。その額は、年度により多少変動がありますが、二八〇〇億円ほどです。国は、その国庫納付金の四分の三を畜産振興事業に、四分の一を社会福祉事業にあてます。馬券を買うことで社会にも貢献していることになるのです。
 さまざまな社会貢献を行う組織がファンドレイジング(資金調達)をしています。街頭募金に加えて、銀行口座への振り込みやインターネット上でクレジットカードによる寄付もあります。お金が善意のバトンとして、社会貢献活動の担い手や困っている人の手にわたります。
 しかし、寄付をする側も疑心暗鬼になることがあります。架空募金です。私腹を肥やすための偽の募金活動です。組織的に行っているケースもあります。人を助けるためにボランティアで募金活動をする人がいる一方で、思いやりの心を踏みにじる偽の募金活動があるのです。
 人の思いやりの心をねらった悪質な行為です。国民の募金活動に対する信頼を失墜させるという点からも憤りを感ぜずにはいられません。今後、募金活動に関する法的整備が必要でしょう。そして、私たちもその活動を日ごろから関心をもって見守る必要があります。架空募金か、そうでないか、その見極めは、私たちの社会的関心にかかっています。それは、他者への「思いやり」、社会への「思いやり」の心から生まれます。世の中、判断力や見極める力がないと不本意な不利益を被ることがあります。募金活動に関しても、私たちひとりひとりが見る目を養う必要があるのです。
 ある外資系の企業に勤めている旧友は、給与の三分の二を社会貢献のために活動しているNGOに寄付しているとのこと。驚きました。その旧友は、自分はブランド品や嗜好品には関心がないので、NGOに寄付できることが喜びであり、その活動支援が自分の生きがいだと話していました。私が勤める大学にも同じような心をもった学生がいます。社会企業家を目指す学生もいます。それぞれができる範囲で自分の関心がある活動に参画し、寄付をし、社会がよくなっていくことを願います。
 社会の閉塞感? 若い世代の中には、希望の扉を開いて、自分の道を力強く進んでいる人たちがいます。

□「希望の扉」第18回「形に心を込める」    大阪大学大学院准教授  稲場圭信

 トロフィーと位牌。まったく関係が無いような二つのものを取り上げて恐縮ですが、この二つに共通点を見出しました。何かで優秀な成果をあげた時に贈呈されるトロフィー。それを見る時、その成果が心によみがえることでしょう。しかし、常にその成果に浸っていては先に進めません。増上慢にもなります。一方で位牌はどうでしょうか。位牌を見て、故人を思い出したり、冥福を祈ったりします。しかし、「故人を常に偲んでいては先に進めません。日常に支障をきたします。位牌を前にした時にだけ集中して思えばよいのです」。実は、位牌についてのこの言葉は、芥川賞作家で、福島県三春町福聚寺住職の玄侑宗久さんのものです。三月六日、宮城県松島の国宝「瑞巌寺」にある陽徳院で、「わらべ地蔵開眼供養」が行われた際に、立ち話で頂いた言葉です。
 東日本大震災で子どもを亡くし、悲しい思いをしている親御さんに対して、何かできないかと京都の仏師、冨田睦海さんが始めた「わらべ地蔵を被災地へ」プロジェクトは、ボランティアに広がりました。冨田さんは、被災して何年か経った時に「心のよりどころ」となるものとして、身近に感じられる、かわいらしい「わらべ地蔵」を作成することを思いつきました。そして、素人でも一日で彫ることができる簡略化した「わらべ地蔵」を彫ることを発案しました。
 わらべ地蔵は一つひとつ大きさや顔が違います。被災者へ心を寄せてボランティアたちが、それぞれに思いを込めて刻みました。その数、一五六〇体。この活動を通して、被災地の方々だけでなく、全国にこの震災で心を痛めている人がいることを冨田さんは知りました。わらべ地蔵を彫ることで、自分の心が浄化された、次のステップにつながった、つらいことを忘れる時間が持てたというボランティアたち。また、プロジェクトでは、仮設住宅にお住いの人たちを近隣のお寺に招き、地蔵づくりの機会を設けました。仮設住宅のなかには入居者同士のコミュニケーションが取れていないところもあり、普段なかなか笑う時間がないという方々も、地蔵づくりを通して会話が生まれ、笑いあう時間が生まれたそうです。一つの形、祈る縁(よすが)をもとに、僧侶、スタッフ、ボランティア、現地の人たちの心がつながったのです。心だけを切り取った「心のケア」はありえず、思いを形にしたさまざまな取り組みが被災地の方々の心にも伝わり、「心のケア」につながります。
 ボランティアたちが、自分が心を込めて刻んだわらべ地蔵には愛着がわきます。そのまま手元に置いておきたい。その思いを断ち切って、他者のために自分の手元から離す。わらべ地蔵を刻んだボランティアの誰もが抱く思いです。その思いとともに、わらべ地蔵が津波で子を無くした親御さんのもとに、大切な家族を失ったご遺族のもとに届けられました。被災者は、忘れたくても忘れられない。日常に戻りたくとも戻れない。そのような現実の中にあります。被災地の外にある人たちは、被災地のことを、被災者のことを忘れないように、そして、被災者は少しでも前進できるように、大切な人を失った悲しみ、故人を思うのはわらべ地蔵を前にした時だけにして、あとは悲しみの中ではなく、未来への希望をもって日常を生きる。そのような願いです。

「わらべ地蔵開眼供養」、法要に続いて、のみ入れ式が執り行われました。冨田さんの指導のもと、参列者が一彫ずつのみを入れました。来年の三回忌法要までに今回のわらべ地蔵の象徴仏として地蔵菩薩座像が彫り上げられます。私もひとのみ入れさせて頂きました。子を亡くす悲しみ、大切な人を亡くす悲しみ。何年かかるかわかりませんが、愛別離苦が少しでも癒されますように、悲しみが希望に変わりますようにと祈りながら。

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