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稲場圭信の研究室 Keishin INABA

利他主義・市民社会論、ソーシャル・キャピタルとしての宗教に関する研究、宗教社会学:::稲場圭信(大阪大学大学院教授) Keishin INABA(Ph.D.)'s site for the study of altruism, civil society and religion as social capital.

アメリカ創価学会における異体同心─二段階の現地化

おかげ様で、先日、新曜社から川端亮・稲場圭信 著『アメリカ創価学会における異体同心─二段階の現地化』が刊行されました。


アメリカSGIを調べていくうちに、新たな視点、不明点が次から次へと出てきて、そのために、聞き取り調査を重ね、資料の確認をし、気がついたら10年という歳月が流れていました。

日本と異なる文化にあって、日本型の組織、創価学会はどのように変容したのか。教えや思想はどのように翻訳され、現地化したのか。アメリカのメンバー11万人は、なぜ・どのように・何を願って信仰を続けているのか。

ロサンゼルス、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、マイアミ、ハワイを計15回訪問、様々な人種、職種、社会階層のメンバー70人ほどにインタビューをし、英語の機関紙誌を調べ、現地で座談会等にも参加して書き上げました。

入信と回心過程に関しては、貧病争だとか脱物質主義だとか、そのような単純な論ではなく、アメリカの社会的背景も入れて分析しました。1章のライフストーリーがあって、2章の理解が進むと考えています。

3章の組織の変遷に関しては、SGI側にも資料がそろっておらず、インタビューで何人もに確認しながら、それぞれの記憶の違いを整理し、その当時の機関紙誌で確認、1960年、63年、67年、72年、77年、79年、81年、97年、2000年、2007年の組織改編とその背景、そしてタテ線からヨコ線(Gio-Reo)への変化も明らかにしました。多民族社会にけるSGI-USAの歴史をも鳥瞰しており、組織論的にも大変興味深いものだと思います。

4章に関しては、関係者へのインタビューと、数十年に及ぶ機関紙誌を虱潰しのように、何度も調べ(段ボールにはいった古いものも)、2段階の英語化・現地化を明らかにしました。5章では、アメリカの文化を考えると受容されるのが非常に困難であると思われる師弟不二が、なぜ浸透しているのか、その理由を探究しました。

年月がかかりましたが、手探りの中、どうにかここまでたどり着きました。

いずれの章もインタビューと資料をもとに宗教社会学としての思考を巡らせて構成したものです。宗教社会学のおもしろさを読み取っていただければ幸いです。足りない部分も多々あるかと思いますが、そこは、今後、他の研究者にゆだねたいと個人的には思っております。

補足:
データ、先行研究、宗教社会学的な分析・考察に関しては『アメリカ創価学会における異体同心』が主に引き受け、姉妹本である秋庭先生の『アメリカ創価学会の55年』は、歴史社会学的な時代考証のもと、日本とアメリカ社会を往還する55年の人間ドラマ、大河ドラマのような著作となっていると思います。



川端亮・稲場圭信 著『アメリカ創価学会における異体同心─二段階の現地化』
新曜社HP
http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/978-4-7885-1552-9.htm

□ 目次
はじめに

序 章 SGI−USAの歴史
  1 戦争花嫁と日系二世
  2 ヒッピーからハッピーに
  3 コンベンション
  4 フェイズ2
  5 文化の違い
  6 十七日間のロサンゼルス滞在
  7 21世紀の発展へ

第1章 アメリカ合衆国における日蓮仏法
  1 多民族社会における異体同心
  2 21世紀の女人成仏

第2章 SGI−USAへの入信と回心過程
  1 折伏を受けやすい状態
  2 入会時の状況
  3 宗教的探求者と人生の危機
  4 信仰の魅力と継続性
  5 御利益から大乗利他への転換

第3章 組織のアメリカ化
  1 1960年代からの組織の発展
  2 フェイズ2と組織構成の変化
  3 タテ線からヨコ線〈Geo-Reo:ジオリオ〉へ

第4章  二段階のアメリカ化─翻訳の重要性再考
  1 英語化とフェイズ2
  2 翻訳の四つのレベル
  3 「日本語が透けて見える英語」から「自然な英語」へ
  4 二段階の英語化の意義

第5章 アメリカにおける師弟不二
  1 教えの継承
  2 師弟不二の翻訳
  3 SGI−USAメンバーが語る師弟不二
  4 奉仕するリーダーシップ

あとがき
年表

参考文献一覧
索引

□はじめに
 創価学会は、わが国でもっとも有名で、最大の新宗教教団である。その会員数は827万世帯と公表されている(創価学会広報室 2017:21)。

 創価学会は、日本国内で抜きん出て規模が大きいのみならず、創価学会インタナショナル(Soka Gakkai International:SGI)として海外でも活動を行っていることは、一般にはそれほど知られていないだろう。その規模は、現在、世界192ヵ国・地域にわたり、およそ220万人の会員を擁するまでになっている(創価学会広報室 2017:26)。国連加盟国数が193ヵ国であることからも、SGIの広がりが、ほとんど全世界に及ぶと言ってよいことがわかるだろう。

 日本の他の宗教教団も、新宗教に限らず、神道も仏教も、日本人が海外に移民を始めた明治時代以降、海外布教を行ってきた。しかし、一部を除いては、海外で移民した日本人以外に信徒を獲得することが少なかった。つまり、現地の人々にはほとんど広まらなかった。

 アメリカ合衆国においても、1885年にハワイへの官約移民(ハワイ政府と日本政府の間の条約に基づく移民)が始まり、その後、日本人の移住先が西海岸へ展開する中で、神道、浄土真宗、浄土宗などがアメリカ合衆国で布教を始めた。しかしながら、現地のアメリカ人にこれらの神道や仏教、新宗教が浸透する事例はあまり多くはなく、それは20世紀に入っても続き、第二次世界大戦後もアメリカ人が日本の宗教を信仰するケースは多くなかった。

 その中で、創価学会は、1960年に第三代会長に就任した池田大作がアメリカを訪問し、現地に地区や支部の組織を作ることで、本格的な海外布教を始めたのである。その歴史については、本書の姉妹編である秋庭裕『アメリカ創価学会〈SGI−USA〉の55年』(2017)に詳しい。本書でも同じ55年間を対象とするが、意味と組織の変容にとくに焦点をあてて、分析、考察する。

 序章でSGI−USAの歴史をコンパクトに紹介した上で、第1章では、日本と異なるアメリカ合衆国の社会的な背景を体現するSGI−USAのメンバーを取り上げて、それらの人々が、なぜ・どのように・何を願って、この信仰を続けているのかを明らかにしようと試みている。日本の創価学会員のみならず、平均的な日本人が知るところの多くない、アフリカ系アメリカ人やゲイのメンバーのインタビューを紹介し、多民族社会において「」に新たに付加される意味と創発する特性を考える。

 第2章は、第1章に加え、私たちがインタビューを行ったSGI−USAメンバー20人の聞き取り調査をまとめ、SGI−USAへの入信過程を、宗教社会学における回心論から考察している。ロフランドとスタークの入信過程論を参照しながら、SGI−USAメンバーの宗教的ライフヒストリーを整理し、イギリスの事例とも比較して、なぜ異文化由来の信仰を継続できるのか、その要因を検討している。環境的要因、個人の能動的要因、組織のメンバーとの相互作用の要因に加えて、御利益信仰から出発し利他性の涵養へ至る過程を、「意味の転換」という観点に重きをおいて考察する。

 第3章は、複雑で入り組んだ変遷を遂げたSGI−USAの組織の推移を追った。それがなぜ生じ、その変化が何を生み出したかを組織論的に考察している。日本・創価学会では、いわゆるタテ線からヨコ線への変化は、一般には選挙と政治との関連から生じたと考えられているが、政治とは関係のないSGI−USAにおいてもその変化が生じた。その理由を考察しながら、フェイズと呼ばれる停滞が生じた組織機構上の原因と、21世紀の多民族社会におけるSGI−USAの発展を組織論的に鳥瞰している。

 第4章は、布教における媒体、つまり聖典やその翻訳を重要な問題として取り上げる。従来から、海外での宗教の布教の成功要因の一つに翻訳の問題が取り上げられてきたが、SGI−USAにおいても1960年代から急速に、精力的に経典類や機関紙誌の英語化が進められる。

 それが1960年代から70年代半ばまでの爆発的な会員増に結びついたことも確かであるが、しかしながら一方で、フェイズ2による停滞も生じたのであった。そのフェイズ2の停滞から抜け出すために、さらなる洗練された英語へ翻訳しなおすこと、すなわち、「日本語が透けて見える英語」から「自然な英語」へ、ヴァージョンを上げていくことが必要であった。つまり、「二段階の翻訳」によって、教えの意味が伝わり、アメリカ創価学会の「二段階の現地化」が実現したと考えられる。

 第5章は、日本・創価学会において重要な教学的な焦点である「」が、アメリカ合衆国のコンテクストでどのように受容され、新たな意味を付与されているかについて、機関紙誌を調査し、会員のインタビューに基づいて考察を行っている。  アメリカ人になじみの薄いと考えられがちな「師弟」という関係、考え方が、アメリカ社会でどのように根付き、呼応するのか、その素地を分析・考察しながら、日本とは背景の異なるアメリカ社会における独自の背景を持つ「師弟不二」を描いている。

 いずれの章もインタビューと資料をもとに宗教社会学としての思考を巡らせて構成したものである。宗教社会学のおもしろさを読み取っていただければ幸いである。

 なお、参照する文献、資料として、以下のものは略して表記する。

 御書:堀日亨編 1952『日蓮大聖人御書全集』創価学会(第241刷、2005年)
 WT:ワールド・トリビューン(World Tribune)
 ST:聖教タイムス(Seikyo Times)

 また、本書に登場する創価学会とSGI−USA会員のうち、これまで創価学会やSGIの出版物において、多くの場合、実名で紹介されている方々については実名とした。他の方々は、仮名としている。

『災害支援ハンドブック: 宗教者の実践とその協働』

新刊のご案内

宗教者災害支援連絡会 (編集),
蓑輪顕量, 稲場圭信, 黒﨑浩行,葛西賢太(責任編集)
『災害支援ハンドブック: 宗教者の実践とその協働』, 2016年6月、春秋社

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アマゾンで購入

新刊案内 Disaster Relief in the Asia Pacific

・Minako Sakai and Keishin Inaba, 2014 "Fostering civil society organizations for disaster relief in Japan: Challenges and prospects for sustainable future operations", in Minako Sakai, Edwin Jurriens, Jan Zhang and Alec Thornton eds.,Disaster Relief in the Asia Pacific: Agency and Resilience, New York, Routledge, pp.52-66.

災害救援マップ関連

以下、災害救援マップ関連で掲載されました。

・稲場圭信, 2013「宗教の社会貢献活動を支援するために-災害救援マップ」『寺門興隆』10月号、興山舎、2013年10月,77-83頁

稲場圭信・黒崎浩行編著『震災復興と宗教』

叢書「ソーシャル・キャピタルとしての宗教」第4巻
稲場圭信・黒崎浩行編著『震災復興と宗教』2013年、明石書店
が刊行されました。http://www.akashi.co.jp/search/s4388.html

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叢書:宗教とソーシャル・キャピタル

叢書:宗教とソーシャル・キャピタル【全4巻】明石書店、櫻井義秀・稲場圭信責任編集。第1巻『アジアの宗教とソーシャル・キャピタル 』(櫻井義秀・濱田陽編著)既刊、第2巻『地域社会をつくる宗教』(大谷栄一・藤本頼生編著)既刊、第3巻『ケアとしての宗教』(葛西賢太・板井正斉編著)3月末刊行、第4巻『震災復興と宗教』(稲場圭信・黒崎浩行編著)3月末刊行

詳細は以下に。
https://www.facebook.com/#!/photo.php?fbid=427030614039298&set=a.118046888271007.21707.100001970908777&type=1

『利他主義と宗教』稲場圭信(著)

『利他主義と宗教』稲場圭信(著)近刊
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詳細は以下にあります。

http://www.koubundou.co.jp/books/pages/16067.html

東日本大震災、利他の心が動いた!
いま、宗教の役割とは?

 東日本大震災という未曾有の災害に、人々の中に眠っていた思いやり、お互いさまの感覚、共感する心が再生したのではないか。利他主義、他者への思いやりと実践に関する教えをもつ宗教が今こそ社会の崩壊の危機に際して果たせる大きな役割があるのではないか。日本と英国でフィールドワークを重ね、宗教と利他主義の関係を探ってきた気鋭の宗教学者が、研究の成果をかけて熱い思いを語る、宗教人、ボランティア必読の書。

目次
I章 東日本大震災と宗教
    震災における宗教団体の動き
    救援の拠点としての宗教施設
    阪神淡路大震災からの変化
    宗教者・学者の連携の動き
    心のケアと共感する力
II章 宗教的利他主義・社会貢献の可能性
    利他主義
    宗教的利他主義
    宗教の社会貢献の定義と分類
    ソーシャル・キャピタルとしての宗教
    社会参加仏教
    宗教的利他主義・社会貢献への期待
III章 宗教的利他主義の構造
    利他主義のフィールドワーク
    JAとFWBOの社会的特性と価値観
    利他主義の意味内容
    利他的行動の動機
    利他的精神の発達要因
    シェアされるスピリチュアリティ
    新宗教信仰者の利他主義
IV章 無自覚の宗教性と利他主義
    ソーシャル・キャピタルとしての宗教への期待
    現代の日本社会
    日本人の意識構造
    日本人の宗教性
    ソーシャル・キャピタルとしての無自覚の宗教性
    利他主義への契機を含む無自覚の宗教性
V章 宗教の社会貢献活動に関する文化・歴史的背景と法制度
    社会貢献活動に関する文化的・歴史的背景
    社会貢献活動に関する制度と宗教団体
    宗教団体の社会貢献活動と社会的基盤
    宗教NGO
    アメリカのチャリタブル・チョイス
VI章 グローバル化とシェアすることの意味
    現代都市の多民族的環境
    多民族都市における信頼と憎悪
    岐路に立つ多文化主義と市民社会
    ハワイの宗教受容~現地化する灯籠流し
終章 宗教的利他主義のゆくえ
    利他行ネットワーク
    教団の社会的関わりと方向性
    公共性と宗教
    阪神淡路大震災から東日本大震災へ
    共感縁の誕生
    現代社会 今、求められているもの

阪神淡路大震災から東日本大震災へ

・阪神淡路大震災から東日本大震災へ
・共感縁の誕生
・今、求められているもの

○阪神淡路大震災から東日本大震災へ
 1995年、阪神淡路大震災が起き、ボランティア元年と言われた。支え合う社会に変わるように思えた。バブル経済が崩壊し、経済が低迷する中での阪神淡路大震災、そしてカルト団体オウム真理教の地下鉄サリン事件が続き、大きな節目の時代だった。その前から、価値観の多様化にともなう倫理観の変化によって人心が荒廃しているという見方がある一方で、時代に対応して人々の問題意識の高まりもあった。多くの書店で、「社会福祉コーナー」「ボランティアコーナー」「自然環境コーナー」などが設置され、NHKが『週間ボランティア』番組の放送を開始したのも1994年、この頃だ。しかし、その後の10数年、日本社会のあり方は変わったのだろうか。

 利益と効率のみを追求し、人を物のように使える・使えないで切り捨て、自己責任論のもと個人に過剰の負担がかかる社会。勝ち組・負け組の分断社会。地縁・社縁・血縁が奪われてゆく無縁社会。阪神淡路大震災で支え合う社会に変わると思われた日本社会が、なぜ、このような社会になってしまったのか。

 1960年代、70年代の高度経済成長は、都市人口の過密化、住宅難、交通地獄、公害問題など深刻な問題を生みだした。1970年代すでに、高度経済成長の価値に対する国民の疑問が表面化している。しかし、そのまま社会は走り続けた。そして、原子力発電はその時代に誕生したのだ。

 未来学者のアーヴィン・ラズロは指摘している。「過去になりつつある近代の価値・信念体系がいまだに私たちの社会の基盤になっている」と(『持続可能な教育社会をつくる』)。その今や時代遅れになりつつある近代の価値・信念体系とは、「人間は自然を制御できる。ものごとを進めるにあたり効率性がもっとも重要である。すべてはお金に換算できる。個々の人間は個別の存在。市場に委ねれば社会はうまく機能する」といった考え方だ。この近代の考え方が社会にあまりにも深く浸透し、日本人もそれによって動かされていたために、阪神淡路大震災の時に変わると思ったのもつかの間、社会は変わらなかったのだ。そのような考え方で走り続けなければ、ふと立ちどまった時に生きる意味の貧困に気づいてしまうからだ。その考えは、危険を知りながらも、安全神話を受容した原発依存社会の根底にもあったものだ。

○共感縁の誕生
 昨年末から、児童養護施設の子どもを支援する「タイガーマスク現象」が日本全国で起きた。人を助ける・支援するという思いが日本社会に垣間見えた。そして、未曾有の大災害に、人々が共通の問題解決のために立ち上がり、新たな連帯が生まれている。つながりがそぎ落とされてきた社会にあって、大きな変化が生まれたと言えるのではないだろうか。原発に対する安全神話が崩れ、科学技術に対する現代人の見方・関わり方も根本から問い直されている。

 今の日本社会、他者を助ける行為、利他的行為を自己犠牲とは感じない人々がいる。お互い様、そのような相互関係の心、連帯感が生まれている。私たちの中にある、苦難にある人へ寄せる思い、共感だ。あらゆる縁が弱まった社会に、今、「共感縁」が生まれたのだ。

○現代社会 今、求められているもの
様々な縁が弱まり、放り出された個人は、生きる意味の不在と自己の存在の不安定さに不安を覚える。そして、生きる意味を探す。しかし、生きる意味は、一人でいては見つからない。生きる意味は、人とのつながり、社会とのつながりがあってはじめて浮かび上がってくるものだ。時には、自らの至らなさに涙しながら、それでも人と、社会に関わっていく、その中に、何かをつかむ。そうした人が社会を変える。

今、求められているのは、人間だれもが、同時代的にさらには世代を超えて、人間としての尊厳をもって生きられる社会の構築だ。通奏低音として流れるものは「命の尊さ」。これは教育界で取り上げられている「命の教育」にもつながる。自らとともに他者をいつくしみ、自然を、生きとし生けるものをいつくしむ生き方だ。人間観、世界観、人生観に影響を与え、日常的な実践に生かされる知恵が必要だ。知識だけではなく、生き方の姿勢の変化こそが重要なのだ。

監視社会ロンドンの苦悩

「英の監視社会、反省ムード 人権重視の新政権が見直しへ」(2010年8月3日 朝日)という記事がありました。

「行き過ぎたテロ対策が、市民の自由を侵していた」。それは、400万台を超す監視カメラと移民・マイノリティに対する身体検査などの施策です。治安、人権、自由のバランスが問われる難しい問題ですが、1997年以来13年間続いた労働党政権が今年の5月に終焉し、政権交代により人権重視の方向にかじ取りされそうです。

(私は1996年から2001年まで5年間イギリスに住みました。その後も何度も訪問しています)。イギリス、ロンドンは、様々な矛盾・コンフリクトを抱えた社会です。以下にそのことを書きました。

・稲場圭信「現代都市における共存・信頼・憎悪―多民族都市ロンドンの苦悩」木岡伸夫編著『都市の風土学』2009年2月、ミネルヴァ書房、pp.244-260.



以下は、その一部抜粋です。

【“監視社会ロンドンの苦悩”の続きを読む】

新刊『社会貢献する宗教』

稲場圭信・櫻井義秀編著『社会貢献する宗教』世界思想社が刊行されました。

宗教と社会の互恵性へ――「宗教の社会貢献」という積極的なテーマを掲げ、宗教が社会問題に向き合う必要性、そのための社会的条件、社会資本としての宗教の可能性を考察する。宗教者・宗教団体が行っている様々な社会貢献活動も詳しく紹介。

恩師、島薗進先生から以下のような推薦文を帯に頂戴しました。

宗教は「自分勝手」であってはならない!!
道を求める者にとって「社会」や「一般市民」はよそ者であってよいのか。
自分たちの「悟り」や「救い」を追求する宗教は、他者のニーズに応じるべきものでもある。そう信じる人々の実態をつぶさに検討する初めての試み。

【目 次】
第Ⅰ部 宗教の社会貢献を考える
 第1章 現代宗教に社会貢献を問う(櫻井義秀)
 第2章 宗教的利他主義・社会貢献の可能性(稲場圭信)
 第3章 宗教性の行動と相互信頼社会(濱田 陽)
第Ⅱ部 社会貢献する宗教の動向
 第4章 神社神道と社会貢献の関わりを考える(藤本頼生)
 第5章 平和をめざす宗教者たち――現代日本の宗教者平和運動(大谷栄一)
 第6章 情報化社会における宗教の社会貢献(黒崎浩行・吉野航一・寺沢重法)
 第7章 地域社会における「宗教の社会貢献活動」――札幌市の宗教施設を事例に
     (吉野航一・寺沢重法)
 第8章 主要教団の社会活動に関する調査(猪瀬優理)
文献解題 宗教の社会貢献活動研究(板井正斉・葛西賢太)
*コラム10本収録

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